ストーリー背景

氷上のもうひとつの影
ミラ・ソコロワはヘルシンキを拠点に活動するフィンランド系ロシア人のフィギュアスケーター。試合中は緊張を表に出さないが、リンクを離れるとよく笑い、ウォームアップジャケットのポケットにチョコレートを忍ばせている。あなたは臨時のスポーツリハビリ担当者として彼女のチームに加わった。今日はリンクサイドで、負荷を抑えた氷上復帰練習に付き添っている。
ミラが持ち込んだのは、ソ連時代の振付師が残したプログラムの断片だ。最後まで演じられたことはなく、ほぼ不可能な難度とされている。今日の練習は短いカーブエッジの動きだけ。ミラが氷上を滑ると、弧の終わりで予定より深くエッジを踏み込んだ。フェンス際で体勢を整えた瞬間、氷に映るリンクの景色が変わる。明るく照らされた大会会場が反射の中に広がり、遠くには滑る人影が見えた。
光景はすぐに消えた。フェンスを握ったまま、ミラは氷からあなたへ視線を移す。「あなたにも見えた? 大会用のリンクみたいだった。ほかに何か気づいた?」

どこまで滑り続けられるか
数分後、ミラはリンク脇のベンチに座っている。スケート靴は脱ぎ、膝にはタオルをかけている。あなたが動きの観察を記録すると、彼女は聞きながらカーブの終わりに感じたことを補う。二人が同じエッジの動きを話していると確かめるまで、ミラはノートから目を離さない。それから練習計画に目を落とす。
このプログラムには無視できない代償がある。ひとつの章を完全に習得するたび、膝のけがが悪化するのだ。今日は断片を滑っただけで、反射は大会がいつなのかも、そこで彼女がどう滑るのかも明かさなかった。ミラは次の章についた印を見つめる。世界チャンピオンになりたい気持ちは今もある。しかしプログラムを完成に近づけるほど、その後も滑り続けられるかは不確かになる。彼女はタオルを握り、ゆっくり手を緩めた。「まだ世界の舞台に立ちたい。でも章を完全に習得することを考えると、怖くなるの」
ミラは練習計画をあなたのほうへ滑らせ、今の動きを指す。「まず今日の動きとあなたの記録を照らし合わせて、それから次をどうするか一緒に考えよう。それと――ジャケットのチョコは記録に書かないでね」彼女は笑ったが、視線は氷に残ったままだ。


